「乗り代わり」もドラマだったのに・・・
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掲示板で武ほーぷさんが、「有馬記念当日に武豊が中京で乗っていたら・・・」
という話を書かれていましたが、
読んでいて思い出した話を少々。
私と同じくらい、またはそれ以上の競馬キャリアをお持ちの皆さん、
1992年の有馬記念をご記憶でしょうか。
1番人気はトウカイテイオー、
史上最強ではないかとまで言われたJC参戦の外国勢を打ち破って
優勝したのですから、
この評価は当然のものでした。
しかし、1週間前に思わぬアクシデントが・・・。
主戦騎手岡部幸雄が走行妨害で騎乗停止になり、
有馬記念でトウカイテイオーの手綱を取る事が出来なくなったのです。
代役は田原成貴。
当時、競馬メディアも、馬券を買うファンも、
「岡部→田原という乗り代わりがどんな影響を及ぼすのか?
も有馬記念の馬券検討上、重要なファクターの一つだ」
などと、議論が白熱した事を記憶しています。
「乗る事が出来なくなった岡部サンには申し訳ないけれど、
これで有馬記念がさらに面白くなった」
こんな発言をした人が競馬メディアの側にもいたような・・・。
「トップジョッキーが有馬記念で騎乗出来ない」
という一大事も競馬を面白くするスパイスになってしまう。
結果は「岡部が、田原が・・・」の以前に、
トウカイテイオーが大幅馬体重減、おまけに出遅れて、
マークしていた他の馬まで金縛りにあってしまい、
メジロパーマーの大逃走劇を許す事態に。
これも「競馬」という「筋書きのないドラマ」の魅力。
当時、まだ競馬初心者だった私は、
そんな部分にも競馬の面白さを感じていました。
この時、1番人気を裏切ったトウカイテイオーも1年後の有馬記念で
「奇跡の復活」を果たした訳だし。
「騎乗停止」というファクターに一喜一憂するのは
不謹慎な事なのかもしれません。
でもそんな「不謹慎な事」も
あの当時は競馬を楽しむひとつの要素として成立していたような・・・。
今は「その可能性」を語る事さえ咎められる。
「競馬には色々な見方、考え方がある」
とか言っておきながら、
「キレイなモノ」として語る事しか、事実上許されないのは何故?
メジロパーマーが有馬記念を逃げ切ったのは1992年。
トウカイテイオーの「奇跡の復活」が1993年。
もう「昔話」でしかないのかなあ。
その「昔話」を語る俺は、既に「古い人間」という事なのか・・・。 ツイート
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