続・笠松の「濃い1日」を振り返る(前編)
競馬Webサイト管理人の活動日記 » » 続・笠松の「濃い1日」を振り返る(前編)
ジャパンCダートはデットーリとナカタニの馬を狙ってみましょう、ぐらいしか書く事がないので(笑)、
引き続き、笠松の話題でも・・・。
高崎競馬廃止後、笠松に移籍された
森山英雄調教師の厩舎を訪ねてきました。
前日付の日記で競馬場から離れた距離にある厩舎ほど・・・、
という話を書きましたが、
競馬場から森山厩舎まで、
森山先生の奥さんが運転する車で約2〜3分。
馬を引いて歩けば、結構な距離になるのではないでしょうか。
高崎から笠松に移った直後、
この「距離」にはやはり戸惑いがあったようで、
「蹄鉄の減りが早い」とのこと。
一部ウッドチップ(?)がある通路もあるようですが、
アスファルト部分も歩きますからね。
厩舎では10月9日(日)の京都9Rりんどう賞に、
内田利雄騎手騎乗で出走したモエレソシアルや
ラムタラ産駒でかなりの期待を集めて大井でデビュー、
3戦目で勝ち星を挙げながら、
その後の脚部不安の為に道営、
そして笠松への移籍を余儀なくされたメリハリなどの馬を見学。
ちなみにメリハリですが、25日(金)の移籍初戦は3着。
4歳馬ながらまだ6戦のレースキャリア、
まだまだ活躍できそうです。
「笠松愛馬会」のブログが休止したり、
と最近の笠松は何となく厩舎関係者に元気が見られない、
と嘆いておられるファンの方もおられるかもしれません。
賞金などが限界ギリギリまで削除されてしまいましたからね。
しかしその状況を森山先生夫妻は、
「競馬が出来てこそなのに・・・」と嘆いておられました。
高崎で
「自分の居場所がなくなり、競馬が出来なくなる」経験をされたが故の
ご意見でしょうね。
高崎や宇都宮と同時期に笠松も存廃問題が浮上しました。
高崎と宇都宮は廃止に、一方笠松は存続に、
と明暗が分かれた形となったのですが、
「競馬が出来なくなる」経験をされた方と、
そうでない人との危機意識の差はどうしても出てしまうのは
仕方がないことなのかもしれません。
でも「出来なくなる」事が決まってしまってからでは
本当は遅いのですけどね。
このあたりが何とももどかしいところです。
森山先生ご夫妻は高崎で奪われた「競馬」が、
別の場所とはいえ、何とか続ける事ができている喜びを噛み締めながら、
笠松での毎日を送られているように、
私には思えました。
(↓に続く) ツイート
mixiチェック
メインサイト「WEEKEND DREAM」はこちら