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救うべきなのは?(後編)

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(上から続く)

では何を論拠とすれば良かったのか。
「馬」ではなく「人」なのです。
シンポジウムの席で茂呂騎手がおっしゃっていましたよね。
「中央競馬の騎手も地方競馬の騎手もやることは変わらない。」
それどころか、もっといい仕事が出来る人がたくさんいますよ。
年間一桁しか勝てないくせに外車乗り回してる奴よりも
腕のいい騎手はたくさんいます。
調教師や厩務員も同様です。
中央では走らせる事の出来ない故障を抱えた馬を再生させて
レースで走らせる、なんて事が出来る人たちなのですから。
廃止されれば、こうした人たちを競馬界は失う事になるのです。
この損失の大きさを考えた事がありますか?
訴えるべきはこの点にあります。
私が群馬県などに出した「公開質問状」も
この点をより強調しているつもりです。

「競走馬の命が失われる」事を問題視することは決して間違いではありません。
しかし「戦略」としてはあまり有効ではない。
むしろ「存続」を勝ち取る事で、
結果的に馬の命を救う事ができる、と考えた方が良かった筈。
(もちろん根本的な解決ではないのは分かっていますが)
念のため、書いておきますが、
私が書いているのはあくまで「戦略」としての話です。
「新高崎」はその「戦略」があまりにもマズかった。
これだけは否定できないのではないでしょうか。
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KANKAN@会社です。
時間がなくて書きたい事が書き切れなかったので少々追加します。
誤解がないように書いておきますが、
私は「競走馬の命なんかどーでもいい」とは
思ってはいませんからね。

それから「人」という話を強調することによって、
より多くのホースマン達の賛同を得られる可能性はあったのではないでしょうか。
自分たちの生活を守る話になるのですから。
もっと強力な動きになるのでは、と思います。

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