(重賞回顧)1998年第45回日経新春杯~優勝馬:エリモダンディー~
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どの馬にとっても一生に一度しかない「3歳馬」としての1年間。
そんな3歳馬たちが走るクラシック戦線は、
多くのファンにとって注目の存在だ。
もちろん競馬関係者にとっても力の入るものであるに違いない。
だがそんなクラシック戦線が終わっても
多くの3歳馬たちはその戦いが続く。
戦いの相手は同世代の馬たちだけではない。
古馬たちとも戦うことになる。
クラシック戦線では活躍出来なかったが、
そんな古馬たちとの戦いの中から頭角を現す馬もいる。
皐月賞7着、ダービー4着、菊花賞10着。
逃げるサニーブライアンを
最後方からの競馬で捕まえ切れなかった皐月賞とダービー。
そのサニーブライアンがいなくなった菊花賞だが、
今度は自身が伸び切れなかった。
しかしそのエリモダンディーに注目が集まったのは
3冠戦線が終わったその後だった。
当時は1800メートル戦だった京阪杯で初の重賞タイトルを手にすると
続く京都金杯(当時は2000メートル)でも2着。
最後方から直線一気のスタイルは変わらないが、
その末脚にクラシック戦線を戦っていた頃にはなかった確実性がある。
これが成長というものなのだろう。
成長したエリモダンディーが次に駒を進めたのは
伝統の重賞・日経新春杯だった。
デビューした時は396キロしかない小柄な馬だったエリモダンディー。
その馬体重もこの日経新春杯では430キロまで増えていた。
レースぶりも圧巻だった。
いつものように道中は最後方。
その定位置から繰り出した末脚は1頭だけ別次元のもの。
他の馬が止まって見えるという言い方がよく使われるが、
この日のエリモダンディーの勝ちっぷりは
まさにその表現にピッタリのものだった。
これなら今年は天皇賞・春や宝塚記念で主役にも・・・。
ゴールの瞬間にそんな想像をした人も少なくなかったに違いない。
しかしそんな夢はレース直後に脆くも崩れ去ることになった。
鞍上の武豊騎手が下馬していたのである。
診察の結果は左第一指骨骨折。
そして翌月に入って腸捻転の為に「帰らぬ馬」に。
あの末脚を再び見ることは不可能となった。
もし無事に競走馬生活を続けていたら、
この年の春天では・・・。
いや、それは言わない方がいいのかもしれない。
日経新春杯で見せたあの末脚があれば、
天国の競馬場でG1馬となっている可能性は十分にあるのだから。
1998年の日経新春杯優勝馬エリモダンディー。
毎年このレースがやって来る度に思い出す1頭である。
1月25日(日)
京都11R
第45回日経新春杯(G2)
京都・芝2400メートル
1着5枠 9番エリモダンディー(56・武豊) 2分26秒3
2着2枠 3番メイショウヨシイエ(50・佐伯清久) 2 1/2
3着5枠10番ファンドリロバリー(53・和田竜二) 1/2
4着4枠 7番スターレセプション(52・藤田伸二) 1/2
5着4枠 8番サンデーブランチ(55・熊沢重文) 1 3/4+ハナ
※5位入線のナムラホームズはレース後、
前検量と後検量とでマイナス2キロの誤差が生じ、
失格となった。
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