(重賞回顧)1994年第1回平安S~優勝馬:トーヨーリファール~
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1994年1月。
ある重賞競走が新設された。
そのレースの名前は平安S。
当時はまだ珍しいダートコースでの重賞競走である。
この年にJRAで行われたダートコースでの重賞競走は
この平安Sを入れて6つ。
この1994年は函館競馬場の改修工事の為に
函館3歳S(現函館2歳S)が
ダート1000メートルで行われているので、
JRAで行われるダートコースでの重賞は
実質的には5つということになる。
この年のフェブラリーSはまだG2戦だった。
それでも前年までは
「フェブラリーハンデキャップ」という名前のG3戦だったのだから、
格上げになっている。
根岸Sは秋の東京競馬で行われており、
東海Sは「ウインターS」という名前で
年末の中京競馬場での一戦だった。
そしてこの平安Sとともにこの年からスタートしたのが
3月に中山で行われるマーチS。
前年までは3つしかなかったダート重賞が2つ増えて5つになり、
初めてG2戦も行われた年だったのだ。
JRAがダート戦線に力を入れ始めた年ということが
言えるのかもしれない。
それでもこの1995年から
今日までのダート重賞戦線の移り変わりを振り返ると
隔世の感がある。
出走馬の中にこんな名前がある。
オーディン(新潟)、トミシノポルンガ(笠松)、
ヒデノデュレン(愛知)、ユートジョージ(荒尾)。
いずれも地方所属馬。
このレースは当時は数少ない地方競馬所属馬が出走できる
招待競走でもあったのだ。
今日のような地方競馬におけるダートグレード競走が
なかった時代である。
地方所属馬がJRAの馬と戦うことが出来る
数少ない機会でもあった。
この年は京都でもスタンド改修工事が行われており、
関西地区の正月開催は阪神競馬場が舞台だった。
その阪神のダートで1000メートル通過61秒1という
絶妙の逃げを見せたのが、
向山牧騎手騎乗のオーディンだった。
直線に入ってもその脚色はなかなか衰えない。
ゴール板手前でトーヨーリファールに差されたが、
それでも着差はクビ。
あと一歩という大健闘を見せてくれた。
そして3着には笠松のトミシノポルンガが入り、
馬券圏内に地方馬が2頭入る結果となった。
思えばオーディンは公営新潟の馬。
現在は廃止されている。
鞍上の向山牧騎手は現在は笠松競馬の所属騎手だ。
そしてトミシノポルンガの手綱を取ったのは
今ではJRA所属となった安藤勝己騎手。
そして15着に敗れたユートジョージは荒尾所属馬として
このレースに参戦していた。
その荒尾は昨年末で廃止。
これが時代の流れというものか。
この第1回平安Sの出走馬、
そしてレースの結果にある種の高揚感を抱いた記憶がある。
その高揚感は今日も残っているだろうか?
ふとそんな事を考えてみたりする。
1994年1月15日(祝)
阪神11R
第1回平安S(G3)
阪神・ダート1800メートル
1着5枠 9番トーヨーリファール(56・松永昌博) 1分52秒8
2着3枠 5番オーディン(57・向山牧) クビ
3着1枠 1番トミシノポルンガ(57・安藤勝己) 3/4
4着4枠 7番ミスタートウジン(56・村本善之) 1/2
5着1枠 2番メイショウヤシマ(56・南井克巳) 2 1/2
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