(重賞回顧)1998年第44回東京大賞典(大井)~優勝馬:アブクマポーロ~
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このレースを語るには、まずは話をこの年の10月に戻さなければならない。
その10月に盛岡で行われたレースの結果に、
多くの競馬ファンは衝撃を受けたのだから。
アブクマポーロ敗れる・・・。
1月の川崎記念から始まり、
ダイオライト記念、マイルグランプリ、かしわ記念、
帝王賞、NTV盃と6連勝。
この中にはもちろんJRA所属馬を相手にしたものもある。
ダート戦線では中央・地方を問わず、
多くの人が「最強」だと評していたアブクマポーロが
盛岡・南部杯で敗れたのだ。
勝ったのは地元・岩手のメイセイオペラ。
最強馬に「ライバルが出現」なのか?
その答えは年末の大井での大一番に託された。
アブクマポーロはグランドチャンピオン2000、
メイセイオペラは北上川大賞典と、
それぞれ地元の重賞を制して決戦の舞台に挑んだ。
大逃げを打ったサントスを最後の直線でメイセイオペラが捕まえる。
その内側からアブクマポーロが抜け出しを図る。
このアブクマポーロが単勝1番人気で、
メイセイオペラが2番人気。
このレースには岡部幸雄・グルメフロンティア、
武豊・エムアイブランといったJRAのダート巧者たちも
顔を揃えていた。
ダートグレードレースと言えば
人気も、注目も、そしてレース結果もJRA所属馬が中心となる。
だから馬券はJRAの馬だけを買っていれば・・・、
と口の悪い競馬ファンはよく語る。
だがこの当時のダートグレードレースに
そんな馬券戦術は通用しない。
南関東・船橋のトップ、アブクマポーロと、
岩手のトップ、メイセイオペラ、
地方競馬所属の2頭がJRAをも含んだダート戦線における
頂上決戦を繰り広げたのだ。
鞍上も当時の南関東のトップ、石崎隆之と、
岩手のトップ、菅原勲。
この二人の前では岡部幸雄も、武豊も、
脇役でしかなかった。
地方競馬最高の2強対決は
JRA勢が霞むほどのものだった。
2強対決の軍配はアブクマポーロに。
内からメイセイオペラを交わすと一気に2馬身1/2差をつけて
先頭でゴール板を駆け抜ける。
見事な末脚で南部杯の借りを返した形となった。
敗れたメイセイオペラも2着を確保。
そして3着には地元の南関東・大井のコンサートボーイが上がる。
地方勢の完勝だった。
JRA勢はエムアイブランの4着、グルメフロンティアの5着が
精一杯という結果に終わった。
このレースで2着のメイセイオペラは
次走のフェブラリーSで地方所属馬初の
JRA・G1勝ちを果たし、
岩手競馬、そして地方競馬における伝説を作る。
メイセイオペラの快挙を喜びつつ、
「このレースにアブクマポーロも出ていたら・・・」
という声が聞かれたのを記憶している。
この当時のダート戦線は中央・地方をあわせても
地方の方が実力は上だったのだ。
あれから月日が流れ、
今日のダートグレードレースではJRA所属馬が
圧倒的に有利な状況が続いている。
この東京大賞典も例外ではない。
だが地方所属馬がJRA勢を圧倒する時代があったを
私は決して忘れない。
1998年第44回東京大賞典(大井) レース結果(NAR公式サイトより)
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