(独り言)好転の兆し?
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15日(月)の盛岡・クラスターカップ。
発走前のファンファーレ演奏を務めたのは
東京ブラススタイルと
地元の岩手県・大槌町の中学生と高校生たち。
ネット上でも多くの人が触れていた通り、
いいシーンだったと思う。
そして少々意外な印象を受けた。
競馬場で中学校や高校のブラスバンド部が演奏する。
個人的にはこうした光景は馬産地・北海道でしか、
見た記憶がない。
馬券を買う訳ではないのだから、
本当はこのような批判はナンセンスなのだが、
競馬場という場所に中学生・高校生が足を運び、
場内のイベントに参加することには、
様々な議論がある。
道営・ホッカイドウ競馬のように、
「競走馬生産」が産業として地元で定着していたり、
帯広のように「ばんえい競馬」が
地域のシンボルとしようという動きがある場合は
誰も違和感を感じないのだろうが、
他の地域で見るのは「競馬好き」としては嬉しいが、
「その後」が少々怖い気もする。
しかも地元では選挙の度に争点となる岩手競馬である。
ある選挙の最中に盛岡競馬場へ足を運んだ際、
盛岡駅前からの無料バスの列に候補者の一人が近づき、
「岩手競馬存続がんばります」
と言いながら、
競馬客一人一人と握手をしていたのを思い出す。
「存続」と言ってくれるのは嬉しいが、
政治上の争点となるのは少々怖い気もする。
実際、県議会での融資案の議決の際には、
夜遅くまでの議論となった。
何かがあれば大きな問題に発展しかねないだけに、
このファンファーレ演奏が大事にならなければいいのだが・・・、
とその後の地元発のニュースに注視していた。
幸いなことに、
異論を唱えるような話は目にしていない。
もちろん地元・岩手ではなく、
東京で情報を収集しているので、
本当の「地元の声」はわからないが。
でも悪い反応が大きく聞こえてこないということは、
このファンファーレ演奏は地元でも受け入れられたと
考えていいのだろう。
どうなのだろう?
「競馬」や「地方競馬」というキーワードで物事を考える際、
私は「競馬をやらない人」「競馬を知らない人」の反応が
いつも気になる。
何故なら一つの地方競馬が廃止になる場合、
「廃止」の決断をするのはいつも
「やらない人」「知らない人」なのだから。
このファンファーレ演奏は
「競馬」が地元・岩手の人達に理解され始めたと考えていいのだろうか?
震災後だから、という考え方もあるだろう。
いや、震災後だからこそ、
喜ぶべきことなのかもしれない。
もちろん、まだ安心する訳にはいかないだろう。
でも事態が好転するきっかけになることを期待したい想いである。
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