[日記]「迷惑施設」の話

もうすぐ14日(木)の朝5時になります。自宅アパートでこの日記を書いています。

Twitterを見ていると、朝日新聞のこの記事について、アレコレと文句を言っている人が多いようですね。

ギャンブル色薄めてスポーツを前面に 競輪に巨額投じた社長のねらい(朝日新聞)

競輪好きの人にしてみれば、競輪場が「迷惑施設」と表現されることにカチンと来ることでしょう。私だって、競馬場を「迷惑施設」と言ってしまうのは許せるものではありません。

しかし、一連の議論を見ていて思い出したことがあります。今から3~4年前、日本ダービー当日のことでした。

その日、私は前日の夜を府中駅前のインターネットカフェで過ごし、少し明るくなり始めた頃、そのインターネットカフェを出て、徹夜組の列に加わりました。そして朝5時を過ぎた頃、私が並んでいた近くで、東京競馬場周辺に住んでいると思われるオバちゃんが警備の人(いわゆる「緑の人」)に大声で怒鳴り散らす、という事態が発生しました。

内容は、競馬場周辺で一晩中過ごす人がいる状況があることに対する抗議でした。つまり、何故JRAは競馬場周辺での徹夜を禁止しないのか?という主張です。

「ダービー前夜にそんなの無理に決まってるじゃん」

「そんなところに住んでいるアンタが悪い」

このサイトを見ている競馬好きな人の多くはそう思うことでしょう。しかし、それは自分が競馬好きだからこそ、そんな風に思うのであって、競馬に興味も関心もない人から見れば、自分が住んでいる場所の近所(屋外)で、寝袋や毛布の中で寝ている人が多数存在するのは、気持ちが悪いものなのでしょう。このオバちゃんから見たら、東京競馬場は立派な「迷惑施設」ということになります。

自分たちが愛するモノに興味・関心が全くない人は、自分たちを、あるいは自分たちが愛しているモノをどう思っているのか?この視点がないと、自分たちが愛しているモノが感情論に押し殺されてしまいかねません。実際に、地方競馬では「興味・関心がない人たち」が競馬場を潰してきたのですから。

その意味では、朝日新聞の記事にあるように、主催者側が自分たちの施設を「迷惑施設」だという前提を踏まえた上でどうすべきかを考えるのは、これからの時代は重要だと思います。この「迷惑施設」という表現に、一ファンならともかく、著名な評論家さんやライターさんまでもが別の感情論で反応しても仕方がないと思うのですが。

今はコロナ禍で、「徹夜組」とか、「開門ダッシュ」とか、そんな文化が崩壊しています。いずれは元に戻るのかもしれませんが、今のうちにそんな文化の是非について考えるべきなのかもしれません。

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