「繋がる話」への違和感(後編)
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(上から続く)こういう人たちって、
「1人になりたい」「1人でいたい」時間ってないのかな?
私は競馬に関係のある場面、関係のない場面に関わらず、
そんな瞬間の多い人なのですけどね。
もちろん誰かと話をしたい瞬間もあるし、
1人でいる事が寂しくなる瞬間など存在しないとは言いませんが、
それ以上に「1人」の時間を大事にしたくなる時があります。
こういうネット上での現象を見ていると
私のような人間は凄く少数派のように思えてきて・・・。
誰かと「繋がっていなければならない」というある種の強迫観念が
引き起こす弊害みたいなものもあるような気がするのですよ。
常に「多数派」でいなければ排除されてしまう、みたいな雰囲気が、
その場を支配してしまう場面って、最近多いような気がします。
その「多数派」を批判すれば「空気を読め」とか言われて、
イジメの対象になってしまったりして・・・。
もしその「多数派」が作る「空気」が誤った方向に向かっているとしたら、
その「空気」は誰が、どうやってブレーキをかけるのでしょうか?
誰にも止められない事態になったら一大事ですよ。
そんな状況を利用しようとする権力が現れる可能性も少なくはないでしょうし。
だからこういう「繋がる話」については
どうしても常にある種の違和感というか、怖さを感じてしまいます。
もちろん「全く不要なもの」ではないから、
余計に厄介なものに思えてしまうのですが・・・。
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