(重賞回顧)1999年第49回東京新聞杯~優勝馬:キングヘイロー~
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父は1986年の凱旋門賞馬ダンシングブレーヴ。
母もアメリカでG1・7勝のグッバイヘイロー。
デビュー前から大きな注目を集めた馬だった。
1997年にデビューして、
東京スポーツ杯3歳Sまで3連勝。
さすがは良血馬だ。
誰もがそう思った。
だがブラッドスポーツと呼ばれる競馬でも、
血統だけでは天下は取れない。
続くラジオたんぱ杯3歳Sで2着に敗れ、初黒星。
年が変わった初戦の弥生賞でも3着だった。
この弥生賞で先着を許した相手がスペシャルウィークとセイウンスカイ。
そうなのだ。
この2頭の他にグラスワンダーやエルコンドルパサーもいる、
後々まで語られた役者揃いの世代だったのだ。
続く皐月賞は2着。
デビュー前から多くの人が抱いた期待は間違いではない。
そう思った人はまだまだ多かったに違いない。
だがダービーは14着。
菊花賞は5着。
有馬記念でも6着。
期待に応えることは出来なかった。
翌1999年。
キングヘイロー陣営が初戦に選んだレースは
多くのファンにとって意外なものだった。
デビュー戦以来となるマイル戦、東京新聞杯。
路線変更である。
鞍上も福永祐一騎手から柴田善臣騎手へ。
心機一転といったところか。
「距離不足では?」という不安の声も一部にはあったが、
さすがに戦ってきた相手が違う。
道中5番手から直線で抜け出して、
2着ケイワンバイキング以下に3馬身差をつけての勝利。
東京スポーツ杯3歳S以来の勝ち星だった。
この路線変更は正解だったに違いない。
「距離不足」どころか、
翌年2000年には更に距離の短い1200メートル戦のG1、
高松宮記念を制することになるのだから。
新馬戦の頃に多くの人が期待した将来とは
大きく違う展開となってしまったかもしれない。
だが天下を取ることが出来る素質馬・血統馬であったことを
しっかりと証明することが出来た。
この東京新聞杯はキングヘイローにとって、
競走馬生活の大きな転換点と言えるレースとなった。
1999年2月7日(日)
東京11R
第49回東京新聞杯(G3)
東京・芝1600メートル
1着6枠11番キングヘイロー(57・柴田善臣) 1分33秒5
2着1枠 2番ケイワンバイキング(57・横山典弘) 3
3着8枠16番シンボリフェザード(56・四位洋文) 頭
4着4枠 7番トップパシフィック(54・田中勝春) 1/2
5着3枠 6番ロードアックス(54・蛯名正義) 1 1/2
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