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(重賞回顧)2004年第17回マイルチャンピオンシップ南部杯(盛岡)~優勝馬:ユートピア~

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自らレースを引っ張ったユートピアが先頭のまま4コーナー、
そして直線へ。
盛岡の坂を駆け上がっていく。
外からダート王・アドマイヤドンが迫る。
次第に差を詰めたアドマイヤドン。
やはり強いのはこの馬なのか。
ユートピアとの差は体半分。
しかしここからの差がなかなか詰まらない。
ユートピアとアドマイヤドンの叩き合いは
坂を越えてゴール板まで続く。
しかしアドマイヤドンは最後まで
ユートピアを捕まえることは出来なかった。
優勝はユートピア。
アドマイヤドンは1/2差2着に敗れた。
当時のダート最強馬アドマイヤドンの敗戦は
盛岡競馬場のファンだけではなく、
全国の競馬ファンに衝撃を与えるものとなった。

この南部杯において、
アドマイヤドン陣営には2つの誤算があった。
主戦の安藤勝己騎手が騎乗停止中で
このレースに乗ることが出来ない。
陣営は代役に武豊騎手を立てた。
最強のピンチヒッターではあるが、
やはり主戦ではない分の不安は残る。
この誤算について予測できた人は
少なくなかったに違いない。
しかしもう一つの誤算について多くの人が気が付いたのは、
かなり後の事だった。

この2004年の南部杯優勝後、
ユートピアが次に勝利を挙げたのは
翌2005年のこのレース。
その前に勝ち星を挙げたのは
前年2003年のダービーグランプリ。
このユートピアという馬は、
盛岡競馬場のダートコースを得意とする馬だったのだ。
アドマイヤドンがこの南部杯で敗れたのは
乗り替わりが原因ではなかったのかもしれない。
ユートピアが盛岡では強い馬だったからなのでは・・・。
ファンの間からそんな話が聞かれるようになったのは、
翌年に南部杯連覇を果たした後のことだった。

しかしその「ユートピア盛岡最強説」も
正確ではなかったことが、
更にその翌年2006年に判明する。
この年のフェブラリーSで3着に入った後、
ドバイ・ナドアルシバ競馬場で行われた
ゴドルフィンマイルで優勝。
その勝ちっぷりは
盛岡の南部杯を走っているかのようなものだったという。
このユートピアの戦績をデビュー戦から改めて調べると、
他に勝っている重賞レースは
川崎の全日本2歳優駿(2002年)と
府中のユニコーンS(2003年)。
左回りのダートコースでは抜群の強さを見せた馬だったのだ。
2004年の南部杯におけるアドマイヤドンの敗因は、
きっとユートピアが出ていたからに違いない。


2004年10月11日(月・祝)
盛岡10R
第17回マイルチャンピオンシップ南部杯(G1)
盛岡・ダート1600メートル

1着2枠 2番ユートピア(JRA・57・横山典) 1分35秒9
2着8枠11番アドマイヤドン(JRA・57・武 豊) 1/2
3着8枠12番ビッグウルフ(JRA・57・板垣吉) 3
4着5枠 5番トップオブワールド(JRA・55・四位洋) 1 1/4
5着7枠10番ウツミジョーダン(岩手・57・小林俊) 1 1/2 
 

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