02)独り言の最近のブログ記事

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カレンブラックヒルでNHKマイルカップを制した秋山真一郎騎手。
大胆な乗り方だなあ、と府中のスタンドで見ながら思った。
「何が何でもハナへ」という馬がいない顔ぶれとはいえ、
G1で単勝1番人気に支持された馬で
ハナに立つという選択をするのだから。
今年のダイヤモンドSに関して
こんな事を書いてしまったからそう思うのかもしれないが。


(独り言)ダイヤモンドSに思う


平田修調教師も「逃げる」という選択は頭に入っていたのかもしれない。
だから秋山騎手にはためらいがなかった可能性はある。
それでも昨今の状況から考えて、
勇気の要る選択であるように思えた。

こんな言い方は秋山騎手に失礼かもしれない。
でもG1を初めて勝ったジョッキーの戦法とは思えなかった。
ウイナーズサークルで行われた勝利ジョッキーインタビューを見た。
「まだG1を勝った実感がない」と語った秋山騎手。
でも私はその表情から別の「本音」のようなモノを感じた。
きっとカレンブラックヒルという馬の強さに自信を持っていたのだろう。
「負ける筈がない」
本当はそう言いたかったのではないか。
G1をいくつも勝っている騎手が
人気を背負った馬でG1を勝った時に見せる
「安堵の表情」のようにさえ思えた。

騎手が「馬の背中を知る」という言い方をすることがある。
レース中におけるカレンブラックヒルの「背中」を知っている騎手は
秋山騎手だけだ。
私は騎手経験がある訳ではないから、
その感覚は正確にはわからない。
でもその感覚をインタビューに応える秋山騎手の表情から
少しだけ感じる事が出来たような気がする。
同時に騎乗する騎手と
騎乗依頼をする調教師(もちろんオーナーを含む)との間にある
信頼関係というモノの意味を見たような気がした。

20年以上競馬をやっていて、
今さら何を言っているのか?という話かもしれない。
でも色々なケースを見せられていると忘れかけていることもある。
今回のケースが全てではなく、
むしろ「正解例」の一つに過ぎないのだけど。
そしてこうしたケースが年々少なくなっているから、
印象に残ってしまうのかもしれないのだけど。
久しぶりの生観戦となったNHKマイルカップは
そんなことを思い出させてくれたレースとなった。

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金曜日になった。
既に次のNHKマイルカップの枠順が発表されている。
天皇賞・春で単勝オッズ1.3倍の絶対的な支持を裏切る結果となったオルフェーヴルだが、
この記事を書いている時点では良くない話は伝わってこない。
それでもアップした後で良くないニュースが飛び込んで来る可能性もゼロとは言えないので、
安心する訳にはいかない。
残念ながらジャガーメイルのように、
同じレースを走った馬の中から
レース後に故障が判明してしまった馬もいるのだから。

大波乱となった天皇賞・春。
様々な人がそれぞれの立場で
オルフェーヴルの敗因を中心に様々な見解を述べている。
当日の馬場状態に関する話、
阪神大賞典後の調整過程(調教再審査を含めて)についての話、
道中のラップタイムを分析した上での位置取りの話、
そして池添謙一騎手の騎乗について・・・・。
もちろん、ディープインパクトが叩き出したコースレコードに
0秒4差という好タイムで勝ったビートブラックと、
積極的な騎乗ぶりで勝利を手にした石橋脩騎手への賞賛も忘れてはいけないのだが。

そんな中、
某SNSでこんな見解を述べた人がいて、
ある意味、納得させられた。

-(オルフェーヴルは)仮に状態が7分程度だったとしても
勝たなければならない馬ではないのか?-

状態だけではないだろう。
馬場だって、距離だって、
ある意味では騎手の技量だって、
無関係に勝つことが期待された馬だったに違いない。
この記事をご覧の方の中にも
「だからこそオルフェーヴル絡みの馬券を買ったのだ」という方もいるだろう。

馬券というモノを買う以上、
出来るだけ大きなリターンを期待するのは誰もが同じである。
だからこそ、単勝オッズ1倍台の馬であっても、
予想の段階では何とか弱点を探そうとする。
時には馬場状態や馬場傾向であったり、
距離や血統であったり、
またある時は鞍上の技量であったり・・・。
だがそんな粗探しが無意味な行為であったことにレース後に気付かされ、
あるいはそんな不安材料を一掃するような走りを見せつけられ、
「この馬、強いんだなあ・・・」と敗北を認める。
私自身、これまでそんな形でその強さを思い知らされた「名馬」は何頭もいる。

オルフェーヴルもそんな「名馬」なのだろうと思っていた。
同じことを考えていた方は他にもいらっしゃったに違いない。
だからこそ阪神大賞典のアクシデントの後も、
この天皇賞・春に予定通り出走してきたのだろうし、
「凱旋門賞挑戦」プランも掲げながらの参戦だったのだろう。

だが天皇賞・春の結果から言えるのは、
「残念ながらそんな馬ではなかった」ということか。
厳しい言い方かもしれない。
失礼な言い方かもしれない。
だが残念ながらこれまで自分が見てきた「名馬」たちと
オルフェーヴルは少々違っていた。
だからこそ「11着」という結果だったのではないのか。

ここまで読んで怒りを覚えた方もおられるだろう。
しかしオルフェーヴルはまだ4歳馬だ。
まだ「次」がある筈だ。
ここまで私が書いたことは全て間違いであると信じて、
その「次」に注目しよう。
これで終わってしまうような馬ではない筈なのだから。

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今週末は天皇賞・春(G1)。
やはり注目はオルフェーヴルということになるのだろう。
しかし、「前年の4冠馬だから」という点だけではなく、
「前走の阪神大賞典での逸走をどう考えるのか?」
という視点も注目すべき理由となってしまった。

「少しでも大きな払戻金を手にしたい」という思惑を持つ
「馬券で勝負する立場」としても、
「オルフェーヴルはもう一度逸走するかもしれない」という点について
「期待する」などと書いたら、さすがに不謹慎かもしれない。
だがその可能性が否定できなくなった以上、
「もう一度逸走する」ケースを頭に入れて馬券を買うことになる。
だから面白いレースと言えそうだ・・・、
いや「面白い」という表現も不謹慎かな?
それでも今年の初めには
「オルフェーヴルの相手探し」となると思っていた天皇賞・春が、
少し異なる視点を持つレースとなったことだけは間違いなさそうだ。

だが「馬券で勝負する立場」を離れると、
ある一つの不安が頭から離れない。
阪神大賞典で見せたオルフェーヴルの逸走に
多くの競馬好きは衝撃を受けた。
「阪神大賞典」
競馬好きなら誰もが、
「天皇賞・春に向けて重要なステップレース」
ということを知っている。
だからこそショックを受けたし、様々な議論を呼んだ。
だが国内最強馬オルフェーヴルとはいえ、「馬」である。
「起こりうる事態である」という点では、
多くの人が理解を共有していたように思う。

しかし「天皇賞」はG1レースである。
普段は競馬に興味・関心を持たない人もレースをみたり、
中には馬券を買ったりする可能性もあるレースである。
そんな人が阪神大賞典で起きたアクシデントと同様の光景を目撃することになった場合、
「競馬」に対する見方はどうなってしまうのだろうか?
「競馬を知っている人」なら「起こりうる事態」として理解される現象も、
「知らない人」にとっては「トンデモナイ話」という評価になる可能性がある。

私自身、20年以上競馬を続け、
このサイト上の活動も12年以上続けている間に、
そんな「競馬」に対する評価を何度か目にしてきた。
「競馬」の将来についてカギを握っているのは
「競馬に詳しい人」ばかりではない。
「競馬に対する理解のない人」が最終決断を下すこともあるのだ。
そう考えるとオルフェーヴルが
阪神大賞典と同じような事態に陥ったりしないのか、
不安を感じずにはいられない。

今度はきっと逸走することなく、ちゃんと走ってくれるに違いない。
そう願わざるを得ない。
「馬券で勝負する立場」としては
「その可能性」も頭に入れた勝負をすることになるのだけど。
「矛盾している」というご指摘はあるだろう。
今年の「天皇賞・春」はそんな矛盾を抱えながら見るしかなさそうだ。
複雑な心境ではあるのだが・・・。
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海外遠征をする日本調教馬が増えたり、
インターネット等で海外競馬に関する情報が容易に入手できる状況も
理由としてはあるのだろう。
海外競馬に詳しい評論家や短期免許で日本にやってくる外国人騎手から
「海外には新潟競馬場や東京競馬場よりも直線の長い競馬場たくさんある」
などという話がメディアに紹介されることも事情としてあるのかもしれない。
4コーナーから直線までの距離を長くする形での
改修工事が行われる競馬場がJRAでは目立っている。
3月にリニューアルオープンした中京競馬場も
かつてのような「小回りコース」とは言い難い競馬場に変わってしまった。
「小回りコース」はこれからの競馬においてはトレンドではないのかもしれない。
確かに直線での脚比べが長くなった方が
「強い馬」の見極めには適しているのかもしれないが。

だが「小回りコース」には別の面白さがあると思う。
特に芝コースを有するJRAの「小回りコース」には独特の面白さがある。
「小回り」であるが為に、
開催前半は馬場の内側を回った逃げ・先行馬が有利になる。
コースロスを伴うことを考えれば、当然の結果だろう。
しかし開催が進み、
芝コースである程度のレース数が消化されるようになると、
多くの馬が走った内側は蹄跡が目立つようになり、
ボコボコとして走りにくい状態になる。
雨の中での開催が多い時などはその傾向がはっきりと見られるようになる。
すると馬場が荒れていない中央から外よりを回った
差し・追い込み馬の台頭が目立つようになる。
いわゆる「外差し」の馬場である。

こうした開催後半の芝コースには、
馬券を買う我々も、そして恐らく馬上の騎手たちも、
ある悩みを抱えているに違いない。
確かに馬場が荒れていない分、
外を回った方が走り易い。
しかしその分のコースロスを余儀なくされる。
果たして本当に外をマクるような戦術は正解なのだろうか?

今年の皐月賞はまさにそんな状況下の
「小回りコース」中山競馬場で行われた。
そして優勝したゴールドシップの内田博幸騎手は
そんな馬場状態や騎手・ファン心理を逆手に取ったレース運びを見せた。
多くの人馬がコースロスを覚悟で
馬場の外を回るレース運びを選択するというのなら、
自分は最後方からその馬群の内側をすくう「経済コース」を回って
抜け出してやろうという作戦である。
その作戦は見事にハマった。
多くのファンも、そして他馬に騎乗していた騎手たちも、
驚きの声を上げるしかなかった。

「小回りコース」ならではのドラマと言っていいだろう。
直線の長い競馬場ではあまりお目にかかることはない、
騎手同士の駆け引きである。
勝敗に「騎手」の実力が影響を与える比重が高くなる分、
「強い馬同士の脚比べ」とは趣が違うかもしれない。
しかしG1レースに騎乗する騎手たちの
「一流」の判断が問われるレースを見ることが出来たのだ。
しかも馬場の内側が荒れている開催後半ならではの判断の違いが、
明暗を分ける結果だった。
これが「小回りコース」で行われるレースの魅力なのだ。

海外競馬の話の多くは、
日本の競馬との「スケールの違い」が面白さだったりすることが多い。
だからJRAは直線の長いコースを作ろうと考えるのだろう。
だが日本独特の事情で出来た「小回りコースの競馬場」には、
「小回りコース」だからこその面白さがある。
今年の皐月賞はそんな面白さを教えてくれたレースだったのではないだろうか。
そんな「小回りコース」で行われる日本の競馬が
私には少しだけ誇らしく思えたのだが・・・。

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15日(日)は3歳牡馬クラシック第1弾・皐月賞。
昨年はオルフェーヴルの「3冠」達成で盛り上がった3歳牡馬クラシック戦線が
今年も幕を開ける。
その前日14日(土)には春のジャンプレースにおける大一番、
中山グランドジャンプが行われる。
いずれも春の中山競馬を締めくくる一戦でもある。

先日の「重賞回顧」でも触れた通り、
オルフェーヴルが勝った昨年の皐月賞は例年よりも1週遅れて、
東京競馬場で行われた。
そして昨年の中山グランドジャンプは
7月に福島競馬場の代わりに開催された中山競馬場での実施だった。
そうなのだ。
昨年の皐月賞・中山グランドジャンプは、
いずれも例年とは異なる形で実施されていたのである。
その両レースが今年は「例年通り」に行われる。

3月、そして4月に行われた関東地区の重賞競走は、
このように「昨年」を振り返るといつもとは違う形で行われていたレースが多い。
中央競馬だけではない。
地方競馬でも南関東の重賞競走の中には
「昨年は行われなかった」あるいは
「昨年は日程を変更して行われた」レースが存在する。
こうしたレースが今年は「例年通り」実施されている。
そう言えば、昨年はこの時期、
岩手競馬はまだ開催出来る状況ではなかった。
しかし、今年は「例年通り」水沢競馬場で、
2012年度の岩手競馬がスタートしている。

元々予定されていたスタンド改修工事などが理由で
「例年通り」ではない形でその重賞競走が行われる場合、
そんな形で行われる重賞競走が楽しみに思えることもある。
しかし昨年のように「災害が原因で」という場合は全く逆だ。
そのレースが「例年通り」ではない光景の中で行われるのは、
悲しくさえ思えてくる。
だからこそ「例年通り」の重賞競走が戻ってくるのは
嬉しくて仕方が無い。
「例年通り」という事は「復興」の兆しでもあるのだから。

7日(土)に「例年通り」の福島競馬がスタートした。
東日本大震災、そして原発事故を乗り越えての福島競馬開催である。
競馬が戻ってきた福島の様子を伝える報道の中に、
県外から競馬場へ駆け付けるファンたちがもたらす経済効果について、
地元・福島の人たちが期待している様子があった。
震災前はどんなに訴えても無視されることが多かった「競馬」の持つ力が、
「例年通り」の「競馬」が戻ってきたことで再認識されつつある。
ここ何年間か福島に足を運ぶ度に、
「競馬」についてガッカリさせられるような話を耳にする機会が多かった。
だからこそ、そんな「競馬」が持つ力に改めて気がついた人たちの声を聞くのは、
一人の「競馬好き」として素直に嬉しい。

今は「例年通り」を素直に喜びたいと思う。
そしてこの「喜び」を忘れずにいたいと思う。
それは「競馬」が好きになったからこそ、
再認識出来た感覚なのだから。

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今年のドバイワールドカップデーにおける大きな出来事の一つとして、
「ドバイゴールドカップにおける再スタート」は外せないという人は多いのではないか。
日本でもごく稀にカラ馬が逆走してしまい、レース不成立になった、
などというケースが地方競馬で何年かに一度、生じることがある。
もちろん「カンパイ(発走のやり直し)」となるケースもあるが、
今回のように「メインレースの後で再スタート」というケースは
日本ではまず考えられない。
でもそのような措置が取られるのも
海外競馬ならではの光景なのだろう。
寝不足を覚悟でグリーンチャンネルを見ていた日本の多くの競馬ファンは
想定外の夜ふかしをする羽目になった。
私もその一人である。
もっともレース中に故障した馬が出てしまうこと、
その馬がそのまま動くことが出来なくなってしまうことも想定外だったのだが。

Twitterで
「ドバイゴールドカップの再スタートが決まったけど、
帰りの飛行機に間に合わないかも」
というツイートを見かけた。
どうやら深夜にドバイを飛び立つ便があるようで、
「弾丸ツアー」を組んでいた人は
ドバイワールドカップの余韻に浸りながら、
その便で帰路につく予定にしていたに違いない。
だが今年はドバイゴールドカップに挑戦するマカニビスティーの結果を知ることなく、
後ろ髪をひかれる想いで空港に向かわなければならなかったのかもしれない。
報道関係者の中にもそんなスケジュールだった人がいると聞く。
ムチ1本で世界中を駆け回る騎手も同様で、
同競走ではその後のスケジュールが原因となる騎手変更も発生した。

「想定外」
昨年、日本で数多く飛び交った言葉の一つである。
この言葉を競馬に関して使うのは不謹慎かもしれない。
だが日本馬が海外でレースをする際、
そんな「想定外」の事態も戦うべき相手として頭に入れておかなければならないのだろう。
それは戦っている人馬や関係者だけではなく、
現地の状況・結果を伝える報道関係者や応援するファンにもきっと、
同様の事が当てはまるに違いない。

ドバイワールドカップではスマートファルコンが
いつものようにハナに立ってレースを引っ張る形の競馬が出来ず、
馬群の後方で見せ場なく敗れてしまった。
結果はともかく、
力を出し切れずに終わってしまった点は「想定外」だったと言えるかもしれない。
日本馬の出走がなかったドバイシーマクラシックのレース後、
グリーンチャンネルの番組内では
「このレースに日本馬が出走していたら・・・」という話題も出ていた。
「出走出来なかった理由」を「想定外」と言っていいのかはわからない。
だがそうした理由を乗り越える、
あるいは回避出来なければ勝者となることは出来ないということなのかもしれない。
勝負事に「タラレバ」はないのだから。

「想定外」への対応力。
競馬でも、それ以外の場面でも、
その対応力の有無もきっと実力の一つとして判断されているのだろう。
私などはその対応力に欠けるから、
今の状況に陥っていると言えるのかもしれない。
ドバイの中継を見ながら、
そんな自分を反省してみたりなんかして・・・。

いつも私のサイトをご覧の
ある競馬中継番組スタッフの方が
こんな話をされていたのを覚えている。

-レース前の放馬やレース後に審議や写真判定が長引いたり、
悪天候などで発走時刻が変更になったりすると、
番組の進行表にはない対応を強いられることがある。
でもそんな「想定外の事態」も楽しむことが出来るくらいにならないと、
いい仕事は出来ないのですよ。-

「想定外」を楽しむ。
難しい話である。
実務能力や判断力はもちろん、
きっと精神力も問われるに違いない。
でもきっと「競馬」にも「人生」にも当てはまる話なのだろう。
今の私にはハードルが高すぎるかも・・・。
なんて嘆いても仕方が無いのだけど。

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今から約8年前、2004年の夏だった。
当時のばんえい競馬は現在の帯広だけではなく、
岩見沢、旭川、北見でも行われていた。
調教師や騎手、厩務員などの競馬関係者は
開催が変わる度に馬と共にサーカス団のように4つの競馬場を転々としていたと聞く。
私がその方とお会いしたのも帯広ではなく、岩見沢だった。

「その方」とは当時、
ばんえい競馬を主催していた北海道市営競馬組合の職員をしていた方だった。
旭川市から出向していたと記憶している。
出向するまで競馬についての知識は全くなかったが、
競馬の仕事を始めて現場の状況を目の当たりにし、
「ばんえい競馬を取り上げてくれる所を探さねば」
と思ってネット上で様々な競馬サイトを検索している過程で、
たまたま私のサイトに辿り着いたのだとか。
そして声をかけて頂いた。

その職員の方と別のもう一人の職員の方と3人で
岩見沢競馬場の厩舎地区や様々な施設を見て回った。
そして3人でレースを見ていた時のことである。
こんな話が始まった事を記憶している。

「井馬さんの後を継ぐ人がなかなか出てこないのですよ」

「井馬さん」とはもちろん、
ばんえい競馬の実況を担当されている井馬博アナウンサーの事である。
私は「でも井馬さんの実況はばんえい競馬そのものじゃないですか」と言ったが、
主催者の立場としては、井馬アナが体調不良などで実況が出来なかった場合など、
緊急事態に備える必要がある。
だからこその心配事だったようだ。

それから8年後の今年2012年3月26日(月)を最後に、
井馬博アナウンサーはばんえい競馬実況の現場を離れることになった。
当時の市営競馬組合職員が心配していた「後継ぎ問題」もようやく解決したのだろう。
そう言えば1~2年前にもケーブルテレビやインターネットライブ中継の司会を担当する
太田裕士アナウンサーがピンチヒッターを務めたことがあったような・・・。
8年前とはばんえい競馬を取り巻く環境も大きく変わった。
その8年の間にその市営競馬組合がなくなり、
ばんえい競馬の開催も帯広競馬場のみとなっている。
その帯広競馬場は各方面の関係者による努力もあって、
十勝地方の観光スポットの1つとして注目を集める存在となっている。
「世界に一つしかない競馬」を守ろうという意識も8年前とは全く異なる。
井馬アナも後進に道を譲る状況が整ったと判断したのだろう。

ばんえい競馬の魅力の一つに
レース中に「止まる」という点がある。
重い荷物(積載重量)を引っ張りながら2つの山(障害)を越え、
200メートル先のゴールを目指すのだから、馬は途中で息を入れる必要がある。
その「止まる」という行為については騎手同士の駆け引きもある。
平地競走にはないこの「止まる」という状況の間も
実況アナウンサーは実況を続けなければならない。
沈黙する訳にはいかないのだ。
井馬アナの実況を「ばんえい競馬そのもの」と私が感じるのはその点にある。
「止まる」時間も含めて、
ばんえい競馬はゆっくりとレースが流れる。
そのゆっくりとしたレースの流れに井馬アナの実況はピッタリだった。
口調も馬の歩みに合わせるかのようにゆっくりと、
そして第2障害やゴール前など力が入る所では力強く、
実況も流れているように感じられた。

普段は「スピード」を競い合う平地競馬を見ている。
競馬だけではなく、日常生活も「スピード」を要求されることが多い。
だからこそ「スピード」ではない要素が重要視されるばんえい競馬に
「癒し」に似た何かを求める人は少なくない。
そんなばんえい競馬の世界を雰囲気も含めて伝え続けてきた井馬博アナウンサー。
いや、井馬アナ自身が見事に演出し続けてきた部分もあるのかもしれない。

私のような人間がこんな場所で「お疲れ様でした」などと言っていいのかはわからない。
でも2つの障害を含む200メートルの直線で繰り広げられた「井馬劇場」を
映像でも、生でも体感した人間として、いつまでも忘れずにいたいと思う。
独特で、そしてどこか温かさを感じる「劇場」だったのだから。

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4冠馬オルフェーヴルが
今年初戦の阪神大賞典で2着に敗退・・・。
3コーナーで逸走するという信じられない光景を見てしまった。

スポーツ紙等の報道を見ると、
レース後の池添謙一騎手はオルフェーヴルについて
「怪物」「バケモノ」などとコメントしていたという。
レースを見た人なら誰でもこの表現には納得だろう。
3コーナーで逸走してスピードを落としたオルフェーヴルに
「故障したのでは?」と思った人も多かったに違いない。
道中の番手も一気に後方に下げることになった。
しかしそんな位置からもう一度エンジンをかけて巻き返し、
2着まで追い上げたのだ。
「怪物」「バケモノ」という表現はピッタリと当てはまる。

だが池添騎手にはそんなことを言って欲しくなかった。
どんなに凄い脚を見せたとしても「2着」は「負け」でしかないのだ。
オルフェーヴルの勝利を信じて疑わなかった人たち、
そしてオルフェーヴルの単勝馬券や
この馬からの馬単・3連単を買っていた人たちにとっては、
「怪物」「バケモノ」ぶりが証明されたところで何の意味もない。

3コーナーでの逸走・スローダウンにおける
全ての責任が池添騎手にあると言うつもりはない。
気性の荒さは競馬好きなら誰でも知っていることであるし、
そんな馬を今回の阪神大賞典に出走させるにあたっての
調整方法に問題があった可能性もある。
オルフェーヴルに関わる全ての人たちの責任というべきだろう。
池添騎手もその一人なのだ。
あのレースを見たファンやオルフェーヴルとは無関係な競馬関係者が
「怪物」「バケモノ」と語るのは全く問題はない。
だがオルフェーヴルに関わった人が今回の結果に対して
「怪物」「バケモノ」などと言ってしまうのは
無責任な事のように思えてしまうのは私だけだろうか?
3コーナーで起きた事態については
いくら「怪物」「バケモノ」と言われたところで消し去ることは出来ないのだ。

オルフェーヴル陣営の最大目標は凱旋門賞だという。
凱旋門賞を勝つ為には「怪物」「バケモノ」ぶりを
レースで最大限に発揮しなければならない。
今回のように逸走などをしている場合ではない。
その課題の大きさが本当に理解できているのだろうか。
オルフェーヴルが「怪物」「バケモノ」だなんて事は
改めて言われなくても誰でも理解している。
だからそんな表現は不要だ。
「次走までに立て直します」という一言だけでいい。

あるスポーツ紙がオルフェーヴルの父ステイゴールドも
未勝利戦で逸走し、
騎手を降り落として競走中止になったことを取り上げている。
その未勝利戦の記憶がない人でも
2001年の京都大賞典で1位に入線しながらも
走行妨害で失格となったことを覚えている人は多いだろう。
ステイゴールドはその後も気性の難しいところを見せる。
天皇賞・秋やジャパンカップでもラチを頼るような素振りを見せ、
力を出し切れない結果に終わる。
しかしラストランとなった香港ヴァーズでは
武豊騎手がレース中にその癖を何とか修正しながら優勝。
日本ではG1での2着が多かったステイゴールドが海外で果たしたG1初制覇に、
日本中の競馬ファンが歓声を挙げたことを覚えている。

今回の阪神大賞典での出来事に
そんなステイゴールドの血を受け継いだ結果だという意見を目にした。
そんな要素はあるのかもしれない。
だがその課題を克服して海外G1を制したのも
オルフェーヴルの父ステイゴールドなのだ。
きっとオルフェーヴルにも出来るだろう。
父親以上の「怪物」「バケモノ」なのだから。
凱旋門賞を楽しみにしたいと思う。

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この「独り言」を書いているのは17日(土)の午前中。
グリーンチャンネルによると中山・中京・阪神の各競馬場は
いずれも雨模様だとのこと。
週末の度に雨に見舞われている。
関東在住の為、
中山競馬場が基準になってしまう点についてお許しを頂きたいのだが、
この土日が最終週となる2回中山競馬は
全日程において「道悪」を頭に入れながらの馬券検討を強いられそうだ。
(でも実はこの時間帯の発表は「良馬場」だったりする。かなり降っているのに・・・。)

競馬歴が浅かった頃は
「雨」の日は嬉しくて仕方がなかったことを覚えている。
道悪になれば、その分だけ波乱の可能性が高くなるからだ。
専門紙で道悪に強そうな馬を探し出すのに夢中になり、
発見した「道悪巧者」にトラックマンの印が少なかったりすると、
「お宝発見」みたいな気分になったりする。

しかし競馬を覚えてくると
「雨」というものがそんなに嬉しい存在ではなくなってくる。
その日はともかく「次」をどう判断すべきなのか、
迷わされるからである。
「道悪だから勝った(負けた)馬」を
「晴れ・良馬場」の日にどう考えたらいいのか?
調教師や騎手が「道悪だったから」と言っても、
実は違う所に原因があるのかもしれないし。

3月と言えば3歳馬にとってはトライアルレースの時期。
桜花賞、皐月賞で馬券検討をする上で無視することができない
トライアルレースが道悪で行われてしまうと、
当時の結果について「道悪だから」というポイントをどの程度まで考慮すべきなのか、
その判断に悩まされる。
「競馬」というものはその日1日だけのものではなく、
前後の繋がりによって成立する。
雨に見舞われた日の競馬は後の晴れた日にも影響を与える。

今年は例年以上に「雨」に悩まされる春競馬となりそうだ。
でも「悩む」ということは、
それだけ馬券が面白くなるということなのだけど。
野球と違って「ドーム競馬場」は存在しないのだから、
雨に結果が左右されるのは仕方が無い。
自然現象に文句を言っても始まらないし。
そんな難解な馬券検討を楽しむことにしようではないか。

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2011年3月11日(金)14時46分。
東日本大震災発生の時間、
私は自宅アパートである原稿を書き上げる為にPCの前で格闘していた。
その原稿は15時までにメールで送らなければならない。
だから激しい揺れに見舞われ、
棚から物が落ちてくる状況下でも
PCのキーを叩き続けることしか考えていなかった。

その原稿は翌日からの中央競馬における
重賞競走の予想記事だった。
言うまでもない。
翌12日(土)からの中央競馬は中止となり、
その原稿は何の意味もなくなった。
「あの揺れの中で記事を書き続けた意味は何だったのか?」などという事さえ、
言ってはならない状況となった。
そして参加することが決まっていたプロジェクトは中止に追い込まれることに。
そのプロジェクトはそのまま消滅してしまった。

前年の2010年7月、
「競馬を伝える仕事がしたい」と思い、
サラリーマンを辞めた。
逆風にも晒されたが、
徐々に賛同してくださる方、理解してくださる方も増えつつあった。
でもこうした動きが全てご破算となった。
その事を嘆くだけでお叱りを受ける日々が続いた。
だからこそ「競馬を伝える」ということの本当の意味を
初めて知ったような気がした。

本当は「初めて知った」などと言ってはならない。
「競馬」とは「娯楽・レジャー」であり、
人々を楽しませる存在ではあるが、
「公営ギャンブル」である以上、
見る人によっては「必要悪」という扱いをする人もいる。
そして中にはその立場をその時々に応じて都合良く変化させ、
行動・発言をする人もいる。
そんな人たちの存在を嫌でも目にしなければならない。
こうした事は理解していたつもりだったし、
覚悟もしていたつもりだった。
しかし、自分が下した決断の意味を
こんな形で思い知らされることになろうとは・・・。
いや、きっと理解も覚悟も足りなかったのだろう。
自分が甘かったのだ。

何かを言ったり、行動を起こしたりすると、
賛同してくれる人がいる一方、
意に反する反応を示す人もいる。
ある直接的な被害も被った。
今でもある被害に見舞われている。
人間不信に陥った時もあった。
いや未だに自分以外の人間を信じられなくなる瞬間がある。
だからこそ悟った自分の「存在意義」もある。

1つだけ確かなことがある。
「もう後戻りは出来ない」ということ。
今さら「変えられないもの」もたくさんある。
そんな状況を受け止めつつ、
何を新たに生み出すことが出来るのか?
それともそんな状況を受け入れて
存在そのものを消すしかないのか?
その2つのいずれかしかないのだろう。

最近のテレビやラジオでは
「3.11以降、アナタの中で何が変わりましたか?」
などという特集が目立つ。
私の答えは
「後戻りできないことを改めて自覚した」でしかない。
そんな奴が運営しているのが、
この「WEEKEND DREAM」というサイトなのだ。

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プロフィール

菅野一郎
(かんのいちろう・本名同じ)
「もっと競馬をやりたいな」で、
「第1回Gallopエッセー大賞(2005年)」において、
佳作を受賞。
現在、競馬読み物Webサイト
「WEEKEND DREAM」管理人を務める。
時には厳しく、時には温かく愛情を込めて、「競馬の未来」を語ります。

※「プロフィール詳細・経歴」もご覧ください


私・菅野へのご連絡は以下のメールアドレスまでお願いします。

kankan@weekenddream.jp

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