これもある意味「カネがない」からだろうね
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以前、見るべきレースがあろうが、なかろうが、
土日は朝から競馬場で過ごす、
という生活を送っていた時があって、
その頃は前の晩に
どんなに酒を飲んで遅く帰宅したとしても
朝はちゃんと起きることが出来たのですが・・・。
「競馬場に行く」という明確な意志がないと
結局「怠惰な土曜日」になってしまいますね。
カネのない今は無理かな?
申し訳ありません。
このところ(と言っても少々周回遅れ気味ですが)、
JBCの出走馬選定に関する話題や
引退したブルーコンコルドが
種牡馬になれなかった件に関連して、
ネット上で色々意見が出ています。
個人的な見解を簡単に・・・。
ブルーコンコルドの南部杯3連覇を
全て生で見た者としては
この馬が種牡馬になれなかった、というのは、
残念な気がします。
でも同時に「仕方がないかな」という想いも少々あります。
活躍した馬が引退する時、
「この馬の子供たちがレースで走る姿を見たい」
というのは、
「血統」というドラマの側面を持つのも競馬ですから
当然の感情でしょう。
でも、こうしたロマンには「カネ」が必要です。
種牡馬ビジネスとしてペイする馬ならともかく、
そうでない馬の場合は
そのロマンにカネを出そうという人が出てこないことには
成立しません。
ブル-コンコルドはビジネスとしてはペイせず、
「南部杯親子制覇」の夢にカネを出してくれる人も
いなかったということでしょう。
ネット上で「時代が悪かった」という意見を見かけましたが、
こんなにこの国の経済状態が悪くなっていなければ、
きっと誰かカネを出す人もいたのではないでしょうか。
そう考えると残念です。
もっと言ってしまうと、
種牡馬ビジネス云々の話は別にして、
今、「馬を持っている人」の状況が非常に悪くなっていますからね。
2~3年前、大阪で夜飲んでいた時に、
近くの席にJRAの馬主資格を持つ人たちの一団がいて、
その人たちの話を聞こえないフリをしながら
聞いていたことがありました。
内容は自分の馬を預けている調教師への愚痴や
生産牧場、育成牧場、セールなどへの不満が中心だったのですが、
聞いていて、
「この人たち、なんでこんな嫌な想いをしてまで、
馬主やってるんだろうね」
と思って、ガッカリしたことを覚えています。
その不満の根底には
「高いカネ出して馬を買っているのに・・・」
という想いが恐らくあるのでしょう。
だから馬産地でも馬が売れなくなるのでしょうし、
一方で「一口」の馬なしに競馬が成立しなくもなるのでしょうから。
「一口」にしても某クラブの言葉を借りれば
「馬主気分を味わう」もの。
「気分」ではなく、「本物」にならない(なれない)のは何故ですか?
と考えれば、
その原因は愚痴っている馬主さんと一緒なのでしょうし。
これ以上は異論のある方もいるでしょうから書きませんが、
競馬に存在する「夢」「ロマン」にカネを出せる人、
あるいは出せるカネが少なくなっているということなのでしょう。
だから結果的にブルーコンコルドのような馬の
産駒が競馬場を走る姿を見ることが出来なくなってしまうのでしょう。
そのブルーコンコルドの件やJBC出走馬選定に関連して、
ダートグレードレースの存在価値を問う意見も
拝見しました。
見方・考え方は色々あるとは思いますが、
「中央・地方交流」が叫ばれ、
地方競馬の重賞競走に中央馬が出るようになり、
同時に制度の整備が進んだ初期の頃には
それなりの意義があったように思えるのですよ。
今でこそ、多くのレースが
「出走馬を全馬、中央馬にした方が
レースの格を維持出来るのでは?」
という状況に陥っていますが、
「交流初期」にはアブクマポーロだとか、
メイセイオペラだとか、
地方側に対抗できる存在がいたのですから。
短い期間ではありましたが、
この2頭が存在していた時期、
中央のダート戦線におけるトップは
この地方の2頭との比較なしには語れない部分が
あったように思えます。
地方側からの参戦馬を全く無視して、
馬券検討する訳にはいかなかったような記憶があります。
その後もトーシンブリザードや、
トーホウエンペラーなどといった馬は、
ある程度以上の存在感があったと私は思っています。
この時期、今と何が違っていたのか?
一番の違いは地方競馬を取り巻く状況ではないでしょうか?
売上減に伴う「廃止」の危機、
そして「不況」の波がそれぞれの地方競馬における
馬主・厩舎に襲いかかりながらの「強い馬づくり」というものには
限界があります。
今年に入って岩手の調教師さん何人かと
お話をする機会がありましたが、
今の岩手の状況では無理ですよ。
「第2のメイセイオペラ」が出現する、というのは。
そんな馬づくりにカネを出せる人は
どこを探しても見当たりません。
ダートグレードレースの理念、そして制度そのものは
それほど間違っているとは思いません。
「数が多過ぎるだろ」といった話や
「レース体系と言えないのでは?」という点で
改善の余地が以前から残っていたことは確かですが。
ただ、今のようにおかしなものになってしまったのは、
理念が間違っていたのではなく、
その理念に地方競馬側がついていけなくなったからではないか?
それが私の見方です。
その地方競馬の現状にあわせた改善が必要でしょう。
数を減らすとか、ドラマとして語れる体系整備をするとか、
暴論ですが、出走馬は全部JRA所属馬にするとか。
(賛否両論あるでしょうが、地方馬を半分入れるより、
全馬JRA馬でやった方が「格」の維持はできるかと。
レースと馬券はその地方競馬で売ればいいのですから。)
どれも、これも、
結局はみんな「カネがない」から
こんなことになっちゃうのだろうね。
前日付で書いた「カネがない奴は競馬をやるな」は
馬券以外にも当てはまることということなのかもしれませんね。
土日は朝から競馬場で過ごす、
という生活を送っていた時があって、
その頃は前の晩に
どんなに酒を飲んで遅く帰宅したとしても
朝はちゃんと起きることが出来たのですが・・・。
「競馬場に行く」という明確な意志がないと
結局「怠惰な土曜日」になってしまいますね。
カネのない今は無理かな?
申し訳ありません。
このところ(と言っても少々周回遅れ気味ですが)、
JBCの出走馬選定に関する話題や
引退したブルーコンコルドが
種牡馬になれなかった件に関連して、
ネット上で色々意見が出ています。
個人的な見解を簡単に・・・。
ブルーコンコルドの南部杯3連覇を
全て生で見た者としては
この馬が種牡馬になれなかった、というのは、
残念な気がします。
でも同時に「仕方がないかな」という想いも少々あります。
活躍した馬が引退する時、
「この馬の子供たちがレースで走る姿を見たい」
というのは、
「血統」というドラマの側面を持つのも競馬ですから
当然の感情でしょう。
でも、こうしたロマンには「カネ」が必要です。
種牡馬ビジネスとしてペイする馬ならともかく、
そうでない馬の場合は
そのロマンにカネを出そうという人が出てこないことには
成立しません。
ブル-コンコルドはビジネスとしてはペイせず、
「南部杯親子制覇」の夢にカネを出してくれる人も
いなかったということでしょう。
ネット上で「時代が悪かった」という意見を見かけましたが、
こんなにこの国の経済状態が悪くなっていなければ、
きっと誰かカネを出す人もいたのではないでしょうか。
そう考えると残念です。
もっと言ってしまうと、
種牡馬ビジネス云々の話は別にして、
今、「馬を持っている人」の状況が非常に悪くなっていますからね。
2~3年前、大阪で夜飲んでいた時に、
近くの席にJRAの馬主資格を持つ人たちの一団がいて、
その人たちの話を聞こえないフリをしながら
聞いていたことがありました。
内容は自分の馬を預けている調教師への愚痴や
生産牧場、育成牧場、セールなどへの不満が中心だったのですが、
聞いていて、
「この人たち、なんでこんな嫌な想いをしてまで、
馬主やってるんだろうね」
と思って、ガッカリしたことを覚えています。
その不満の根底には
「高いカネ出して馬を買っているのに・・・」
という想いが恐らくあるのでしょう。
だから馬産地でも馬が売れなくなるのでしょうし、
一方で「一口」の馬なしに競馬が成立しなくもなるのでしょうから。
「一口」にしても某クラブの言葉を借りれば
「馬主気分を味わう」もの。
「気分」ではなく、「本物」にならない(なれない)のは何故ですか?
と考えれば、
その原因は愚痴っている馬主さんと一緒なのでしょうし。
これ以上は異論のある方もいるでしょうから書きませんが、
競馬に存在する「夢」「ロマン」にカネを出せる人、
あるいは出せるカネが少なくなっているということなのでしょう。
だから結果的にブルーコンコルドのような馬の
産駒が競馬場を走る姿を見ることが出来なくなってしまうのでしょう。
そのブルーコンコルドの件やJBC出走馬選定に関連して、
ダートグレードレースの存在価値を問う意見も
拝見しました。
見方・考え方は色々あるとは思いますが、
「中央・地方交流」が叫ばれ、
地方競馬の重賞競走に中央馬が出るようになり、
同時に制度の整備が進んだ初期の頃には
それなりの意義があったように思えるのですよ。
今でこそ、多くのレースが
「出走馬を全馬、中央馬にした方が
レースの格を維持出来るのでは?」
という状況に陥っていますが、
「交流初期」にはアブクマポーロだとか、
メイセイオペラだとか、
地方側に対抗できる存在がいたのですから。
短い期間ではありましたが、
この2頭が存在していた時期、
中央のダート戦線におけるトップは
この地方の2頭との比較なしには語れない部分が
あったように思えます。
地方側からの参戦馬を全く無視して、
馬券検討する訳にはいかなかったような記憶があります。
その後もトーシンブリザードや、
トーホウエンペラーなどといった馬は、
ある程度以上の存在感があったと私は思っています。
この時期、今と何が違っていたのか?
一番の違いは地方競馬を取り巻く状況ではないでしょうか?
売上減に伴う「廃止」の危機、
そして「不況」の波がそれぞれの地方競馬における
馬主・厩舎に襲いかかりながらの「強い馬づくり」というものには
限界があります。
今年に入って岩手の調教師さん何人かと
お話をする機会がありましたが、
今の岩手の状況では無理ですよ。
「第2のメイセイオペラ」が出現する、というのは。
そんな馬づくりにカネを出せる人は
どこを探しても見当たりません。
ダートグレードレースの理念、そして制度そのものは
それほど間違っているとは思いません。
「数が多過ぎるだろ」といった話や
「レース体系と言えないのでは?」という点で
改善の余地が以前から残っていたことは確かですが。
ただ、今のようにおかしなものになってしまったのは、
理念が間違っていたのではなく、
その理念に地方競馬側がついていけなくなったからではないか?
それが私の見方です。
その地方競馬の現状にあわせた改善が必要でしょう。
数を減らすとか、ドラマとして語れる体系整備をするとか、
暴論ですが、出走馬は全部JRA所属馬にするとか。
(賛否両論あるでしょうが、地方馬を半分入れるより、
全馬JRA馬でやった方が「格」の維持はできるかと。
レースと馬券はその地方競馬で売ればいいのですから。)
どれも、これも、
結局はみんな「カネがない」から
こんなことになっちゃうのだろうね。
前日付で書いた「カネがない奴は競馬をやるな」は
馬券以外にも当てはまることということなのかもしれませんね。
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