調教師免許試験に合格し、
3月から調教師に転身する為に引退する中舘英二騎手は、
25日(日)の中山6Rがラスト騎乗となりました。


ラスト騎乗となった中山6R(3歳500万下、ダート1200メートル)では
サウスリュウセイに騎乗。
道中では、独特のスタートセンスを活かして2番手争いを演じた中舘英二騎手の姿を
見ることが出来ました。
結果は5着でしたが、ゴール通過後から中山競馬場内は大きな拍手に包まれ、
その拍手に応えるかのように、中舘英二騎手は笑顔でファンに手を振っていました。
最終レース終了後、引退式が行われました。


引退式には1993年の阪神3歳牝馬Sと1994年のエリザベス女王杯を制した
ヒシアマゾンの勝負服で登場しました。
この日、中山競馬場ではファンから中舘英二騎手へのメッセージを受け付けており、
そのメッセージも全て同騎手に手渡されました。

花束贈呈には横山典弘騎手や同期の木幡初広騎手など、
様々な方々が登場。
若手騎手代表として花束贈呈を行った松岡正海騎手は、
中舘英二騎手がデビューした1984年に生まれています。
こんな所にも時代の流れを感じます。


中舘英二騎手と言えば、G1制覇を果たしたヒシアマゾンやアストンマーチャン、
個性的な逃げ馬ツインターボといった馬を思い出す人が多いのではないでしょうか。
だが「負けたレースの方が印象に残っている」と語る
中舘英二騎手の「想い出の1頭」は「未完の大器」と呼ばれたアサヒエンペラーでした。
1986年の皐月賞と日本ダービーでいずれも3着。
様々な批判を受けた当時を振り返りながら「打たれ強くなりました」と語り、
集まったファンの笑いを誘った中舘英二騎手でしたが、
最後の挨拶では言葉を詰まらせる場面も・・・。
JRA通算17699戦1823勝。
逃げの名手・中舘英二騎手は「幸せな騎手人生でした」と語り、
その騎手人生に別れを告げました。
今度は調教師として、どんな馬をターフに送り出すのか、
注目したいと思います。
3月から調教師に転身する為に引退する中舘英二騎手は、
25日(日)の中山6Rがラスト騎乗となりました。
ラスト騎乗となった中山6R(3歳500万下、ダート1200メートル)では
サウスリュウセイに騎乗。
道中では、独特のスタートセンスを活かして2番手争いを演じた中舘英二騎手の姿を
見ることが出来ました。
結果は5着でしたが、ゴール通過後から中山競馬場内は大きな拍手に包まれ、
その拍手に応えるかのように、中舘英二騎手は笑顔でファンに手を振っていました。
最終レース終了後、引退式が行われました。
引退式には1993年の阪神3歳牝馬Sと1994年のエリザベス女王杯を制した
ヒシアマゾンの勝負服で登場しました。
この日、中山競馬場ではファンから中舘英二騎手へのメッセージを受け付けており、
そのメッセージも全て同騎手に手渡されました。
花束贈呈には横山典弘騎手や同期の木幡初広騎手など、
様々な方々が登場。
若手騎手代表として花束贈呈を行った松岡正海騎手は、
中舘英二騎手がデビューした1984年に生まれています。
こんな所にも時代の流れを感じます。
中舘英二騎手と言えば、G1制覇を果たしたヒシアマゾンやアストンマーチャン、
個性的な逃げ馬ツインターボといった馬を思い出す人が多いのではないでしょうか。
だが「負けたレースの方が印象に残っている」と語る
中舘英二騎手の「想い出の1頭」は「未完の大器」と呼ばれたアサヒエンペラーでした。
1986年の皐月賞と日本ダービーでいずれも3着。
様々な批判を受けた当時を振り返りながら「打たれ強くなりました」と語り、
集まったファンの笑いを誘った中舘英二騎手でしたが、
最後の挨拶では言葉を詰まらせる場面も・・・。
JRA通算17699戦1823勝。
逃げの名手・中舘英二騎手は「幸せな騎手人生でした」と語り、
その騎手人生に別れを告げました。
今度は調教師として、どんな馬をターフに送り出すのか、
注目したいと思います。

