地主側、岐阜県地方競馬組合側双方がようやく「和解」への道を
歩み始めた笠松競馬場土地明け渡し訴訟。
原告地主側が勝訴しても
笠松競馬が廃止となり、
他に使い道のない土地が返還され、
固定資産税だけが発生する。
そんな意味のない訴訟だっただけに
「和解」は当然の選択だったと思う。
だが、この訴訟を通して
考えなければならない点は残る。
そもそもこの訴訟、
「土地の明け渡し」が目的だったことを知らずに
参加していた地主が「目的」としていたものは
「賃料の引き上げ」だった。
つまり、多くの地主は「賃料」について、
組合側に不満を持っていたということなのだろう。
「競馬存続」のために強いられた「痛み」、
その「痛み」はいつまでも抱えたまま、
という訳にはいかない。
その先に「明るい展望」があるからこそ、
耐えることが出来る「痛み」なのだ。
「明るい展望」を誰も示すことが出来ずにいるのが現状だ。
「競馬場以外に使えない土地」
これは途中で訴えを取り下げた地主を見ても分かるとおり、
今回の「和解」の大きなポイントになった。
恐らく、今後の「競馬存続」を考える上でも
大きなポイントになるだろう。
だが、この1点ばかりが「存続」の根拠として
意味を持ち続けるようだと、
仮に笠松競馬がこの先、10年、20年と存続したとしても
その「笠松競馬」という存在は地元で「悪者」扱いを
受けるものに変わってしまう可能性もある。
「地方競馬は存続させるのも地獄。
廃止させるのも地獄。」
かつて上山競馬が廃止となった時、
色々な人から聞かれた言葉である。
笠松の場合、
この地主側から見れば「廃止」でやってくる「地獄」の
リスクが大きい。
だから「存続」という「地獄」を選ぶ、という話なのかもしれない。
でも「存続」も「地獄」なのだとしたら
それは悲しむべきことだ。
「競馬好き」にとって
「競馬」が「悪者」「地獄」呼ばわりされるのが
耐えられない話であるのは言うまでもない。
だが「競馬好き」ではない人にとって
「悪者」「地獄」が地域に存在するというのは、
「競馬好き」以上に全く理屈に合わない話に
感じられるものなのではないのか?
大事なことは「地獄」をどうやって「天国」に変えるか、
を話し合うことである。
これだけ経済情勢が冷え込んでいる中、
この議論をするのが困難な状況なのかもしれない。
だが今回の訴訟に関する一連の報道、
そしてこの訴訟とは無関係に馬主や厩舎関係者、
更に地元ファンなどから直接的、あるいは間接的に
聞こえてくる話の中に、
ある一つの共通点が浮かび上がってくる。
それはこんな嘆きだ。
「岐阜県地方競馬組合は我々の意見、提案を
しっかり聞いて、運営に役立てようとしていない。」
私は地元の人間ではないのでその現状については
あまりよく知らない。
だが多くの立場の人が共通して同様の話をするということは、
組合に対し、相当な不満が溜まっているということではないのか?
仮に急に「天国」にはならなくても
「天国」へ向かう取り組みが進行形の状態なら
「地獄」の中にある「痛み」にも耐えられる人は多い筈だ。
そうではないから、こんな訴訟に発展するのではないのか?
当ニュースが昨年11月18日(火)付で紹介した記事がある。
松原秀安・新岐南町長 笠松競馬存廃問題「単年度赤字での廃止は疑問」(2008.11.18)
当時の松原秀安・岐南町長の主張が正しいと
言うつもりはない。
「三年」というならその「三年」間のシナリオを明確に書いて
示さなければ意味はないからだ。
だが「単年度の黒字」だけのために、
「目先」だけしか意識のない「守り」の運営で
果たして将来の「天国」は見えてくるだろうか?
その点でこの松原町長の意見のような話が
もっと議論されてもいいように思える。
「税金投入」以外の選択肢をもっと考える必要があるのは
言うまでもないが、
タブー視すべき意見ではないと私は考えるのだが、
どうなのだろう?
次回の和解協議は3月27日(金)。
焦点となっている2011年度以降の賃料について
いい話し合いの上、決着することはもちろんだが、
原告地主はもちろん、馬主、厩舎関係者、ファンをも含んだ、
笠松競馬を「天国」にするための方向性が
(その方向性に多くの人が納得するものが)
岐阜県地方競馬組合から示されることを望みたい。
008)論説の最近のブログ記事
「JRAサマーシリーズ」と銘打ち、
「サマー2000シリーズ」「サマースプリントシリーズ」
「サマージョッキーシリーズ」を開催する。
そして今年はこの時期から
3連単を全レース発売に切り替えた上に、
新馬戦に「メイクデビュー」という愛称まで付けた。
注目度、売上ともにどうしても落ちてしまう「夏競馬」。
JRAもその対策に必死な様子が感じられる。
今年の「夏競馬」がスタートした直後の6月30日(月)、
「週刊競馬ブック」の「一筆啓上」で、
日経・野元賢一記者が「夏季振興策を巡って」
というタイトルでこの「夏競馬」をテーマに論評していた。
この中で野元記者はJRAの「通年志向」を批判、
1年間の競馬にメリハリをつけることを主張。
そのコラムの中でこんな指摘をしている。
-こう考えると、夏競馬の振興といっても、
おのずと限界がある。
毎週の競馬を見ていれば、
番組の大半は編成終了が迫る3歳未勝利戦と、
最下級条件戦。
スターの大半は夏休みに入り、
材料といえば新馬戦程度。
当然、売上も少ないが、
人馬の移動経費の分、
4大競馬場よりも高コストだ-
野元記者はこの時期の「振興策」の限界を指摘している。
それでもコラムの最後に彼なりの「振興策」を
紹介していたのだが・・・。
この「週刊競馬ブック」発売後、
私は福島、函館、札幌、新潟という、
4つの「夏競馬」の舞台に足を運んでみた。
競馬場内は当然、地元の方が多い。
その「地元」と言っても
例えば福島なら、
隣県の宮城、山形はもちろん、
岩手や青森からも車を飛ばしてやってくる。
新潟も富山や石川、秋田などの県からの
来場者が少なくないことは
駐車場のナンバープレートを見るとすぐに分かる。
JRAは競馬場のある、なしに関わらず、
「全国」を対象に発売網を整備している。
地域によっては、
「夏競馬」は生で「競馬」を見る事ができる
数少ない機会であることを示しているのだろう。
恐らく夏の小倉競馬場には
同様に九州各県から人が集まっているに違いない。
一方もうひとつ、どの競馬場でも気が付くのは、
東京、中山で見かける人の姿が見られること。
福島、新潟の駐車場には
首都圏からの車も数多く見られた。
私自身も含めて、こうした競馬場に足を運ぶのは、
「旅行」のレベルと言える人が大半であるに違いない。
普段、4大競馬場(東京、中山、京都、阪神)の中には
「夏競馬はお休み」という人も少なくない。
そのような中、「夏競馬」の現場に
足を運んでくれるファンは、
「秋競馬」以降もコアな、ヘビーなファンであり続けて
くれる可能性は高い。
地元のファンに数少ない「競馬を見る機会」を提供する、
そして秋以降の優良なファンの獲得、形成という目的に、
「夏競馬」が機能していると見る事はできないものか?
そこには「売上」だけでは語ることのできない要素が
含まれているように思えるのだが。
同じ話を経営状態が厳しい地方競馬にするのは
「非常識だ」と言われかねないが、
JRAならまだまだ「売上」以外の効果を語ることは
無意味ではないだろう。
その前提で物事を考えることはできないものだろうか?
各地の競馬場を見る限り、
独自にその試みが行われていることが
感じられる。
![]()
それぞれの競馬場でチャリティーゼッケン販売などの形で
騎手交流イベントが行われた。
そのレベルは4大競馬場でも見られないほど、
距離感の近いイベントだったように思われた。
![]()
馬場開放イベントも4大競馬場にはない
競馬との「距離感」を縮める役割を果たしているように
私には思えた。
普段は4大競馬場を中心に足を運ぶ人でも
ここでは少し違う体験が出来る。
これは秋に向けてのヘビーファン形成、
場合によってはつなぎ留めに大きな役割を果たすに違いない。
2010年にリニューアルオープンする函館競馬場は
「リゾート地の開放感あふれる競馬場」を
そのコンセプトの一つとしているという。
「リゾート」という発想そのものが
これまでの競馬場にはなかったもので
どのようなファンを
函館競馬場に集めたいと考えているのかを
想像すると、
「サマー〇〇シリーズ」や「メイクデビュー」などと
いうものが必要か、否か見えてくるような
気がするのだがいかがだろうか?
今日、7日(日)の新潟・小倉両2歳Sで
競馬の暦の上では「夏」が終わる。
JRAにはこの「夏」を「売上」だけではなく、
もっと広い視点で総括して頂きたい。
「夏」の持つ意味は
4大競馬場の芝コース保護だけでも
「暑さ対策」だけでもない、と私自身は考える。
岩手県競馬組合議会は2日(火)、
調査特別委員会を奥州市役所内で開き、
民間委託に関する交渉が難航していると見られている
県競馬組合と日本ユニシスの双方から
これまでの協議内容を聴取した。
この中で組合側が「具体的提案」を求めているのに対し、
日本ユニシス側はその前提として、
提案内容について守秘義務契約の締結を求めていて、
その締結を組合側が拒んでいることが明らかとなった。
守秘義務契約の内容の中に、
日本ユニシス側が出した情報について
県競馬組合を構成する岩手県、奥州市、盛岡市に伝える場合、
日本ユニシス側の事前承諾が必要、との部分があり、
この点について組合側が
「組合と構成団体は表裏一体」と主張し、
対立している模様。
この他、組合側が同社に伏せていた情報があることも
明らかとなっている他、
「民間委託」の範囲についても見解の相違があるとのこと。
「合点いかない」 ユニシス、県競馬組合批判(河北新報)
守秘義務契約が前提 組合との亀裂浮き彫り~奥州で競馬議会(09/03)(岩手日日新聞)
拡大協議が難航 岩手競馬民間委託(岩手日報)
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外から見ていると
分からないことだらけである。
「守秘義務契約」を組合側が結ぼうとしないことも
疑問だが、
一方で、日本ユニシス産業機構研究所・矢島洋一所長の
この発言を見ると、
彼らが「守秘義務契約」締結を主張する点について
非常に滑稽に思えてくる。
〈岩手競馬民間委託〉交渉の行方は 日本ユニシス矢島洋一氏に聞く(上)(盛岡タイムス)
〈岩手競馬民間委託〉交渉の行方は 日本ユニシス矢島洋一氏に聞く(中)(盛岡タイムス)
〈岩手競馬民間委託〉交渉の行方は 日本ユニシス矢島洋一氏に聞く(下)(盛岡タイムス)
日本ユニシスにとって、
現時点での「岩手県競馬組合」は
「商談相手」である筈で、
民間企業がメディアを通して
「商談相手」を批判することは何の意味ももたない筈。
むしろ、マイナスにしか作用しないのではないか。
特に「組合職員不要」を主張するのであれば、
その「組合」を相手にする以上、
こうした主張についての情報は慎重であるべきで、
彼らが主張する「守秘義務契約」の意義が
この時点で既に薄れているようにも思える。
彼らの岩手競馬に対する主張は
私自身、賛同できる部分は多い。
だがこの交渉方法、メディア対応は
あまりにも酷すぎる。
一方で、取材により、こうした彼らの本音を引き出した
盛岡タイムスは高く評価されてよいのだが。
更に言えば、
「レースを勝ちにこない馬主」の話などは
競馬主催者の業務受託に名乗りを挙げた側の
発言としてはいかがかと思う。
確かに問題点として指摘すべきではあるが、
「建前」と「本音」の部分が微妙に絡む問題で
一般ファンや馬券予想メディアならともかく、
「主催者」の立場で安易に語るべき話ではない。
こうした話が表に出てくる現状を考えると
私の見方はどうしても
「日記」に書いたこの話になってしまう。
「足元を見る」話?でも仕方がない(KANKANの新ネット競馬屋日記)
民間企業として背負えるリスクを考慮するのは当然だが、
その部分ばかりがあまり表に出てきた上に、
相手の事情を見透かしたような話まで出てくると
その「やる気」に疑問符を付けざるを得ない。
だがこれは日本ユニシスが悪い訳ではない。
こうした「日本ユニシス」を交渉相手に選んだ
岩手県競馬組合の責任である。
何故、「日本ユニシス」だったのか?
最終提案があったのは同社と地元企業の2社と聞いているが、
その中で日本ユニシス側の提案について何が良かったのか。
また最終提案で採用されなかったもう1社、
更には最終提案に至らなかった企業の提案と
日本ユニシス案では何が違っていたのか?
そのあたりを判断し、決定を下したのは
岩手県競馬組合の筈。
その責任を自覚するとともに、
その経緯を明らかにするなり、
踏まえて交渉に挑むなり、
といった対応が岩手県競馬組合に求められる気がするのだが・・・。

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